有機元素化学研究室(山下研) 
English Japanese

〒464-8603 名古屋市千種区不老町
名古屋大学 大学院工学研究科 
有機・高分子化学専攻
交通アクセスキャンパスマップ
工学部1号館1029号室 (2階から入る)


Organic chemistry reference resolverCreated by Oleksandr Zhurakovskyi

減圧蒸留の友

(1b) 高反応性ジボラン(4)の化学

 大学における化学ではホウ素の水素化物BH3はホウ素の電子不足性のために容易に二分子会合を起こして二量化し、水素原子を6個有するジボラン(6)と呼ばれる化合物B2H6を形成する。一方、同じ水素化ホウ素化合物でも、水素原子を4個しか持たないB2H4はその水素原子の個数を使ってジボラン(4)と表記されるが、ホウ素が価電子を3個しか持たないことから、ホウ素原子間にはB-B単結合が形成される。ジボラン(4)の中で最も広く有機化学において活用されるのは、それぞれのホウ素原子に対してピナコールが結合したビス(ピナコラト)ジボラン(4), B2pin2であろう。このホウ素化合物を遷移金属錯体触媒と組み合わせて用いると、アルキンやアルケンの不飽和結合に対して2個のボリル基を導入することが可能であり、触媒の種類によってはベンゼンやアルカンのC-H結合を直接ホウ素化することが可能である。しかしこれまでにホウ素上にヘテロ原子を持たない、すなわちpπ-pπ相互作用によるホウ素の空軌道の安定化を持たないジボラン(4)の合成例は限られており、これまでにその反応性はあまり明らかになっていなかった。

 我々のグループではピナコールとメシチル基が置換したジボラン(4)が高いルイス酸性と高反応性のB-B結合を同時に有することで、これまでに無い形式の反応を起こすことを明らかにしてきた。すなわち、市販のB2pin2から1段階で合成可能な非対称ジボラン(4)であるpinB-BMes2の溶液をCO雰囲気下で攪拌するとB–B結合の切断を伴って2分子のCOが反応した化合物に収束した。次に、COと等電子体であるイソニトリルとの反応を検討した。pinB-BMes2の溶液に対してtBuイソシアニドを1当量反応させると環状化合物ボラインダン誘導体が得られた。また、過剰量のイソシアニドとpinB-BMes2を反応させると、イソシアニドの配位したボラアルケンとその異性体が得られた。これらのにおいてはイソシアニドの三重結合が完全に切断されており、これは遷移金属を用いずに室温でイソニトリルの三重結合を完全に切断した最初の例となる。


 pinB-BMes2の高い反応性はその高いルイス酸性に由来することも判明した。2,2,2-cryptand存在下、pinB-BMes2をNa/Kで処理するとラジカルアニオンが濃青色結晶として得られ、その吸収は主にSOMOに関連する遷移によるものであることがDFT計算により明らかになった。このラジカルアニオンはまた、2つのホウ素原子上に非対称なスピン密度を持つことがESR測定およびDFT計算から明らかになり、2つのホウ素原子のルイス酸性の違いを反映していた。電気化学測定を行うと、このpinB-BMes2は典型的な強いルイス酸であるBMes3に比べて容易に還元を受けることも判明した。DFT計算により、B-B結合の回転時に、2つのホウ素原子が持つ空のp軌道が重なることでLUMOが低下して、この高い電子受容能を発揮していることがわかった。


 pinB-BMes2はその高い反応性故に、無触媒下でアルキンと反応することも明らかになった。pinB-BMes2をフェニルアセチレンと混合して加熱すると、対応するsyn-ジボリルアルケンの異性体混合物が得られるが、これに触媒量のnBuLiを添加するとsyn異性体の比率が逆転する。nBuLiに加えて1,2-ジメトキシエタンを添加した場合はanti-ジボリルアルケンが主生成物として得られた。反応中間体の単離およびX線結晶構造解析により反応機構を推定できている。また、この反応を利用して固体発光を示すキノリン誘導体を2段階という短工程で合成することにも成功しており、この特殊な反応を用いた有機材料化学への展開が期待される。


 pinB-BMes2はまた、2,6-ジメチルフェニルイソシアニド(Xyl-NC)との反応において興味深い環縮小反応を起こすことがわかった。すなわち、pinB-BMes2を1当量のXyl-NCと反応させると、Bpin部位の五員環が環縮小反応を起こしてスピロ型の1,2-oxaboretane環を有する生成物を与えることがわかった。DFT計算によりこの反応は、多段階の転位反応を経由して進行していることも明らかとした。通常、有機合成化学において非常に安定だと考えられているBpin環が、ルイス酸性の高いBMes2部位の近くに存在すると環縮小が起こることが明らかになったため、Bpin環を含む化合物の分解経路に関する新しい知見を与える結果となるだろう。

発表論文
(1) Asakawa, H.; Lee, K. H.; Lin, Z.; Yamashita, M.Nature Commun. 2014, 5, 4245.    doi   (open access) highlighted in Nature Japan (featured article)
(2) Asakawa, H. Lee, K. H.; Furukawa, K.; Lin, Z.; Yamashita, M. Chem. Eur. J. 2015, 21, 4267-4271.   doi
(3) Kojima, C.; Lee, K.-H.; Lin, Z.; Yamashita, M. J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 6662-6669.    doi
(4) Katsuma, Y.; Asakawa, H.; Lee, K.-H.; Lin, Z.; Yamashita, M. Organometallics 2016, 35, 2563-2566.    doi